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起業したのはの夏

の家がどれほど貧しかったか?という話は、やめておきましょう。きっとあなたは様々な成功者たちの貧しさによる嘆きを聞きすぎて、うんざりしてるかもしれませんから。

だから話を端折って….貧しさゆえに、私は仕事をしてお金をもらうことに情熱を持ってました。小学校の時間割りには「図書」という科目があります。これは、図書室にこもってみんなで本を読む時間。私はこの時間が大好きでした。

私が手に取ってよく読んだ本は「13歳のハローワーク」

そこには様々な職業についての解説や、なり方、実際の収入などが、細かく書かれた本でした。しかし、私の心の中で、ある1つの感情が芽生える。

「私は、誰かに属して、働きたくない。」

自分で仕事を取ってきて自分で仕事を行いたい気持ちでいっぱいになったのです。

ちなみに、人生初めて、そのハローワークを読んでいた時に、隣の女の子から、甘く優しく耳元で、愛の告白をされたのは、ご愛嬌。

起業して6か月間
「成果0」+「毎分キレられる」

が始めに起業したのは「ウォーターサーバー」の代理店。おっと、これも属していないかって?それもご愛嬌。当時の私にとっては、これでも仕事を取ってきて誇らしい気持ちでしたよ。ウォーターサーバービジネスの代理店になれた理由は、私の友達の父がオーナーで、友達に頼み、オーナーと話す機会を設けました。その時にOKをもらったんです。

話は変わりますが、当時の私は、12歳のくせに太っていました。体重は80キロくらいあったんです。そんな私が、ウォーターサーバーの営業に出かけます。始めた時は夏でしたから、デブが汗だく。営業するのはマンションや一軒家。今思えばどうして定食屋さんとかに営業しなかったのかは、ご愛嬌。扉の前で資料を整理し、インタホーンを鳴らします。

「ピンポーン」

この時、とてつもなくキレられることを知らずに。家の人が出てきました。

「なんでしょうか?」

私は答えました。

「奥さん。実は身体の中をキレイにしながらダイエットができる水を提案したいと思いまして。」

奥さんは言いました。

「お前が飲めーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!ガチャン!!!!!」

私は何に怒られたのかわからなかった。そう。周りから見ると、私は身体中汚らしく、デブだったんです。自我とは怖いものだ。12歳でまだ完全に形成してない。気づいたのは6か月後でした。

「そうか!みんな怒ってたのは、私がデブだからか!私はまるで、『薄化粧が良いわよ。』とアドバイスしてくる化粧が濃い女とまったく同じではないか!」

私は一時、ウォーターサーバーを休業。なぜかって?だって、毎日苺大福が食べたいからさ。私は痩せることに情熱はなかったのです。

生まれて初めて。300万円の借金。

は12歳からパソコンが得意でした。ウィンドウズXPになった時代です。まだ私は、苺大福を頬張りながら、仕事をしてお金をもらうことに情熱を持っておりました。ネットで検索をすると、私は生まれて初めて「情報商材」というものを発見したんです。当時はアフィリエイトなんて、みんな知らない時代でした。セールスレターのヘッダーには

「元芸人がたった27日で月173万円を稼げた秘密のメソッド」

などと書かれていて、知らない男が腕を組んでドヤ顔でこっち見てました。初めて見た私はそのレターの内容を詳しく読んで、なぜか魅力に感じ、この商材を買おうと思ったんです。

しかし私は

「いふまのふあふあふいふあ、ふおふあふえふあふあふい(今の私はお金がない)」

と苺大福を頬張りながらつぶやく。ならば苺大福をやめたら良いって?それもご愛嬌。好きだもの。とはいえ、情報商材は39800円。私はそれを買うための作戦に出ます。どんな作戦か、だって?友達に、こう提案するのさ。

「もし君のお小遣いが90日後に3〜7倍になったら嬉しくないかい?」

習ってまだ2年しか経っていないほやほやの小数点の掛け算。おそらくその掛け算の初体験をさせたのは私のおかげでしょう。続けて私はこう言いました。

「もし、君のお小遣いを半分で良い、私に投資してくれたら、そのお金を4倍にして返そう。」

達の答えはYESでした。友達3人ほど投資をしてもらって、私は39800円の商材を買いました。それが、「詐欺商材」だったとは知らずに…。内容を見ると「稼げる方法、それは、アフィリエイトです。」と書かれていた、だけ。

「ふええええええ!?(ええええええ!?)」

と口に含んだ苺大福を吹きだしそうになったのをこらえ、たったPDF3ページしかない商材を、39800円という値段で買ってしまったことに後悔しました。そして、悪夢の始まり….

「真実のある情報は、どこかにあるはずだ!」

と夢みた私は、数々の情報商材を買い漁ることになります。アフィリエイト、ブログアフィリエイト、魚を育てて売るビジネス、エビを育てて売るビジネス、クロスワードを作って売るビジネス、ガラケーアフィリエイト、指定のセールスレターを作ってそれを売るビジネス、海外の10ティアビジネス、ネット教材百科事典シリーズ、車の車検を調査してそのデータを売るビジネス、自動販売機ビジネスなどなど!!いろんな情報商材を買いました。もちろんそのお金は、他校の友達まで投資してくれたお金です。

総額320万円。

人生初めての借金でした。みんなには「90日までに」と言ってるので、私のライフリミットは3か月。つまり私は3か月以内に320万円を返済しないといけなくなったんです。今まで情報商材を買いまくった人ならわかると思いますが、ノウハウが溢れかえっていて、どれが真実のある情報か?どれを勉強したら良いか?それがわからないまま混乱し、時が過ぎて行きました…

小学6年生、バイト、始めました。

20万円を、あと2か月で返さなければいけません。私はバイトを始めました。友達のお父さんがコンビニのオーナーだったんです。私が「仕事をしたい」と言うと、これまたOKしてくれるんです。

粋な計らいで、時給は大学生レベルに。でも全然足りません。家にはパソコンがありましたから、在宅ワークを探します。記事制作(当時は500文字でたった100円の時代!!!)や、画像編集、ホームページ制作、なんかskypeでやるテレアポなど!全てを駆使して320万円を返そうとします。でも、足りません…。

残り29日

私はある一つの疑問が芽生えたのです。

そもそもなぜ、苺大福を買えたのか?

と気づいた時、私はなぜか毎日のように苺大福を食べておりました。1日3つも。学校の帰りはいつも商店街を通り、お餅屋さんに立ち寄っては、1日3つも買って食べるんです。

このお金は、そもそもどこから来たのか?(今さら!?)

それは、あるおじいちゃんの肩もみでもらっていたんです。彼は小さい頃からよくしてくださったおじいちゃん。肩もみ、たった10分程度で、300円も、もらっていたんです。よくよく計算すると…時給換算1800円ではないか!!スパーキング!!!!!なんてこったい!!!!!………にしても、そもそも肩もみをして、なぜこんなにもらえるのか?という疑問があった。私はおじいちゃんに聞いたんです。

「どうして、こんなにお金をくれるんだい?」

おじいちゃんは答えました。

「私には孫がいなかった。だから肩もみをしてくれるのは、とても嬉しいんじゃよ。」

私はハッと気付きました。彼は肩もみでお金を払っていたんじゃない。孫というブランドにお金を払っていたのか!!

この新事実は、のちに大奇跡を起こす!!!!!

残りたった20日間で、320万円を返済

はこの新事実、「ニーズではなくウォンツ」が重要であること(おそらくだが、この時代でその事実に気づき行動したのは私が初めでは!?と優越感に浸っている)は、ビジネスで使うことにしました。あるアフィリエイトサイトから、報酬額が1万円程度で、320人に提案できるような商材を探したんです。私が選んだのは「ニキビを治すための化粧品」(当時は1万円以上もくれたのね!)私はニキビ化粧品がサブニッチだと認識、そしてウォンツは何かを考えました。

ちなみに、図書館で告白してくれた女の子と、おつきあいすることになりました。

私はよく褒めることで有名で、何が何でも褒めました。もちろんおつきあいした相手に対しても。「肌すごく綺麗だよね!」小学生だから当たり前だろ!と思うかもしれませんが、彼女は喜んでくれたものです。そこで閃きました!

「彼氏に褒められる肌になるための3ステップ」

という内容でノウハウを書いたのです。(記事制作の仕事がここで役立つとは!)そして最後に、その商品のリンクを貼ります。PDFにもしましたし、ペラサイトにもしましたが、これが大反響。申し込みは600件にも登り、たった20日で、友達に全額返金。4倍にすることはできなかったですが、全員に1.5倍の報酬を与えてなんとか満足してくれました。

今、ウォンツ型ビジネス構築を経験できた小学生時代が、幕を下ろす。

バイト時代の始まり。

は、バイトをいろいろ経験しようと決意します。なぜならば、今回の320万円事件、バイト経験でなんとか切り抜けたと感じたからです。私は数々のバイトを始めました。

記事制作(やっと1文字1円で書けるように…これが一番よかった仕事)、ホームページ制作、デザイン、DTP、営業(業務用冷蔵庫、インク、ドリル、プリクラの機械などなど…)オーガニックレストランホール、カクテル作る人、モロゾフ店員、新聞配達、テレアポ、データ入力、某有名音楽会社のタイトル作成、居酒屋、アパレル、ギター講師、整体師、万屋(ここは無茶ぶりな仕事多かったなあ…)、なんか車の数を測るやつ、アイスクリーム工場、ダンボールに物を入れる人、卓球のコーチ、動画編集、貴金属買取、キュレーションメディア作成、会場設備、覆面モニター、アンケートモニター、美容室の髪の毛掃除する人とシャンプーだけの人、ネットショップモデル、ネットショップ運営代行、ゲームチェッカー、囲碁将棋店員スタッフ、スカウト、ゲームの改造コードを作る人、編曲して楽譜つくる人、牛乳配達、パチンコ屋の掃除、ペットショップ、警備員、深夜病院の受付、セミナー受付、ブックオフセドリ、メール送信業務、書籍本裁断(高校生でやっとこれの素晴らしさがわかった…)、トイレ掃除、ショップ全体の掃除業務、葬式場所の掃除業務、ショップの床コーティング業務、ライフセーバー、皿洗い…..もう、ええか?などなど、13歳のハローワークを見ながらバイトを転々としました。(所属したくない欲求はどこにいったんだ!!!!!!)

ちなみにこの頃、小学生におつきあいした人とは、遠距離恋愛になったのも、ご愛嬌。

バイトをしながら人生初めて、中学生社長になりました。

長じゃないですね。法人にしてませんでしたから。代表になりました。600万以上を稼いだので、いろいろ手続きが出て…。その話もやめましょう。おそらくあなたは、他の人の嘆きを本やセミナーを通して散々聞いてきたかもしれないから。

晴れて代表になり、仕事を@SOHOや在宅ワークの求人に出して外注し、自分のアイディアをカタチ創るための組織を外注のみで編成していきます。すると不思議なことに、いろんな企業から、

「この商品を売ってくれませんか?」

というオファーが来るもんですから、比較的高いマージンをもらいながら、組織運営していたんです。そこでまた、ふと、思った。求人出すことも、運営をすることも、またメールを送ったり相談したりすることさえ、誰かに外注できるのではないか?いや?もっと言うと、ビジネスそのものを箱として認識し、誰かに任せることができるのではないか!と考えた私は、

人生で初めて、社長を雇うことに。

人生初めての高校生チェアーマンに。

は行動することが苦手でした。ずっとアイディアを創っていたい。そんな気持ちが社長を雇うという思考に変わります。当時は社長求人サイトみたいなものがありまして、そこで募集をかけたんです。集まったのは5人。一人一人面接をしました。おっと、高校生であることを隠した方が、自分にとっても何かと都合が良いと思ったので、ちょっと良いスーツを買う。それが、オリヒカ。

面接すると、ひときわ目立ったスキルを持つひとりの男性がいたんです。私は彼の能力に惚れ込んで、即座、雇うことに。

この後、多額の負債を抱えることも知らず….

人生初めて、4000万の負債。

は、能力がある彼に対して、何も言わず完全に任せました。それから4ヶ月、なんと、売上が落ちていってるではありませぬか。私はてっきり、

「まぁまぁ、そういう時期もある。彼の能力を信じよう。」

と中間テストの勉強をしておりました。しかし、一向に売上が経ちません。文化祭や体育祭、そして部活がある中で、私はなかなか彼のサポートをすることができず。

1年、経ちました。彼の元に行くと、なんと事業資金を担保にして、4000万円を借り、ほぼ全てを使いはたしていたのです。彼は私に、か細い声で、こう言いました。

「どうすれば秘書と良い関係を結べますか?」

高校生の私でも、意味のわからない質問でした。どうやら彼は、秘書との関係をうまくいかせることが、事業の発展につながると、本気で信じていたんです。この話をするとほとんどの人は信じませんが、そのような価値観を、彼は持っていました。私は彼に言います。

「今、売上がほとんどなく、4000万を借り、ほぼ秘書のために使いました。私はあなたにどのような決断を下す必要がありますか?」

彼は言いました。

「やめます。」

まずは第一ステップ。代表を辞めさせることができました。(代表をやめさせるって結構大変なのよ?)次は、負債。私は負債を返すことに、頭を悩ませます。

ちなみに、遠距離恋愛だった彼女とは、お別れをすることに。ビジネスに没頭すると、いろんなものを失ってしまう。フォーカスを間違えると、人間関係にも、精神にも、行動にも、こんなに影響が出てしまうとは。それを同時に経験したのもまた、ご愛嬌。

人生初めて、痰を髪の毛に吐かれる

を吐かれたことってありますか?生暖かいジュルッとした液体が、頭皮を辿り、ほっぺから首までノロりと流れ落ちる様。私にとって、人生初めて経験した唯一の屈辱でした。バイト先の上司に垂らされたのです。実はまだ、ビジネスの保険のために続けてました。バイト。ですが4000万という負債を返すのですから、バイトをしてる時間なんてありません。ビジネスに集中することを選択したんです。とりあえずバイト辞めよう。そう決意した瞬間に起こった出来事。実はもともと嫌がらせが好きな上司だったのですが、私が会社を辞めると言い出すと、静かに近づいてきて、生暖かい黄身のような痰を、つむじの上からジュルルっ、と垂らしてきたのです。高校生活と、4000万の負債、そして、実はあった、愛する人の死。その渦にのまれ、今にも崩壊しそうな私に、汚物を垂らす。初めて、そう、生まれて初めてだ。人を殺したい、そう思った瞬間でした。

よくある自己啓発の本ならこう書くだろう。

「リフレーミングしよう!」

できるかボケーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!

当時の私は、これを超える快の臨場感を持ち合わせておりませんでした。殺したい…..。でも、耐えました。その理由もまた今度。私は、瞳孔が開いた状態でお辞儀をし、バイトを辞めることを再度伝え、エレベータへと向かい、会社を後にしました。

プロダクトローンチの開発者に救われる

4000万円。高校生活をしながらどのようにして返すか、考える。その方法を探すため、授業中もビジネス本ばかり読んでいたものです。しかし、何を血迷ったか、日本にあるノウハウでは無理だ、と感じた私は、海外のサイトに行きました。すると、「無料オファー」というものが広がっていたんです。

出会ったのは、プロダクトローンチの開発者。

彼はLPの紹介ビデオで、プレゼントされるノウハウの内容を語っておりました。英語は話せないが、なぜか聞き取りだけは、ある程度理解できる私は、彼の無料オファーを申し込みます。メールアドレスと名前を入力して。すると、彼のノウハウが受信箱に届く。内容はある程度わかりますが、真髄まではわからない。3日後にまた、ノウハウが受信箱に。そして5日後にまたノウハウが。そして7日後。セールスレターが届いたんです。私は、スパーキングした!!!!

「これどぅわあああああああああ!!!!!!!!!(これだ!)」

そうです。認知される商品を無料で提案し、認知の状態からこちらが考える信念に共感していただいてから、セールスレターに持っていけば良いんだ!と閃いたんです。プロダクトローンチはそんな単純なものではありませんが、当時の私は、それくらいの思考しか持ち合わせておりませんでした。でも、十分だ。

その時代は無料オファーというのも詐欺商材という立ち位置でしたが、とりあえず、LP作りに没頭し始めます。そして、完成してからテストへ。何度もテストを繰り返し、登録率の高いLPを創り、google広告へ。ドキドキしますね。4000万の負債を抱えながら広告費を投資するんですから。細かいお話はまた今度。実は….大成功。なんと人生初、4500万円を創出することができたんです!!なんと素晴らしい!!最高だぜ!!!生きててよかった!!!!とは、ならなかった…。

そう。私は、ビジネスの恐怖症になってしまったのです。あのストレスが非常に強かった。4000万円を返した時には、愛する人と別れ、愛する人が死に、友も失い、そして信頼も、失っていたのです…。

生まれて初めて、オーケストラ作曲家を目指す

は、ビジネスなんかやめて、建築家になろうと思ってました。理系を選択し、勉強したものです。なんやかんやで、ここ一番、高校生らしい6ヶ月を過ごしてましたね。しかし、ふと感じたことがあります。

「そうだ、音大に行こう。」

まるで京都に行くがごとく、音大を受験することになります。(理由はまた今度。)受験は残り3ヶ月。私は必死に、本来3年で終了する音楽知識を、全ての高校テストを捨て、3ヶ月で習得し、受験にのぞみます。そして見事、合格。音楽大学の作曲専攻に入学することになりました。私の資産は、当時300万程度。これで大学生活はなんとかなるだろう、と、そう考えていたが…甘かった!!ティムタムよりも甘かった!!!!!

なんと音大は年間240万円かかるのだ!!!!!、教材などを抜いて。驚いたけれど、まあ、バイトをすればなんとかなる、そう思って、私はまたバイト生活を始めます。大学生らしいですね。ですが、バイトはきつかった。来年も240万円を稼ぐと考えると、普通のバイトではいけません。しかし、バイトを1つにしてしまうと、「この日、入ってくれへんか?」と頼まれてしまいます。

そのため、1時間~3時間程度のバイトを8個掛け持ちし、ローテーションでバイトをしておりました。経験したバイトはコーヒーのコースターをつ….(以下省略。)私に寝る時間なんてありません。初めは平気だったんですが、2年経った頃、私の身体と精神はボロボロに。大学の勉強、そして作品を作る時間も必要だったからです。

私は…夢の大学生活を手放そうと、決意しました。

再び、ビジネスの世界へ

学を辞めるとなんやかんやで、作曲の依頼があったんです。背景音楽からオーケストラまで。よく「音楽で食べていけるのか!?」と言う音楽教師はいますが、私にはマーケティングがありましたので、苦ではありません。そしてオーケストラを描いて、作品として出します。演奏が終わると、作曲者がステージの前に出向いて、聴衆に向かってお辞儀をするんです。なので私はステージに上がり、聴衆を向いて、深く、頭を下げる。心の緊張がほぐれていった次の瞬間、私は感じた。

「もう、ええっか。」

深い満足感でした。いや、もう、満足でした。いろんなことがありすぎた。小学生から、今に至るまで。頭を下げて顔を上げるまでの短い時間、私の人生が700倍速でフラッシュバックする。非常に長かった心の緊張が完全にほぐれ、ステージの上で私は、作曲家を早くも、引退すると決意したんです。

私はまた、ビジネスの世界に戻ることに。初めは、アイディアを考えるたびに、大切なものを失うのではないか?と眠れない毎日が続きます。こんな私を理解できる人はいないので、1人で抱え込む生活。しかし、一つのゲームが、私を勇気付けてくれます。

それはMOTHER2というゲームです。

実は、毎年このゲームは欠かさずやってるのですが、この時のプレイは、様々な気づきを得ることができました。不安や恐怖もまた、エンターテイメントの一つであり、自分の「情熱と強み」に沿って、ボスを倒していく主人公の姿。私もそのようにしたいと、心から懇願したものです。

自分の情熱と強みに合ったビジネスを探す旅へ

れから数年が経ちました。私もまだまだ数十億プレイヤー。セルフブランディングもしないし、商品も作らない。ひたすらアイディアを出すだけ。最高の人生です。信頼できる友と仲間、チーム、マスターマインドグループ、愛する人、自由な時間があり、夢があり、チャレンジがあり、成長できる自由もあり、貢献したい気持ちまで。でも、まだまだこれから。私の情熱と強みの向くまま、私のストーリーはどうやら、

また、始まりを迎えたようです。